大好きだった祖父が、先日亡くなった。
もう二度と触れることができなくても、
毎週触っていた私の手はその感触を憶えている。
大正13年7月22日生まれ。
猪本浅治。
B型。
私の祖父。
実直。
やり始めたことは最後までやり遂げる。
私のお手本となる人。
言葉は交わさなくとも、ただ隣に座っているだけで落ち着く
そんな存在でした。
…同じB型だからでしょうか(笑)
季節の花々を愛で、まめに庭仕事をしていた祖父。
草むしりや終わった花の処理など、
骨の折れる作業の連続だったと思います。
道路沿いの畑に植えた菖蒲は、ドライバーの目も楽しませたようでした。
時折、道端に車を止めて
「見せてください」
なんてこともあったそうです。
春、夏、秋、冬。
本当に働き者の人でした。
そんな祖父の後姿を、
気付かれないように後ろから眺めているのが好きだったなぁ。
そして、なんでも良く食べた祖父。
お花見や買い物に出掛けた際、
「美味しい店さ連れでってけれ」と言われて
よく二人で外食もしました。
ほぼほぼ麺(≧▽≦)
祖父はチャルメラしょうゆ味が大好きで、自宅ではよくラーメンを煮て食べていました。
入院中も、麺が恋しくて父親にカップラーメンをリクエストしていたとか(笑)(笑)
この写真は、今年の6月。
高原にある食堂で、
ジンギスカン定食を食べました。
お肉も大好きだったな。
「食欲がなくなってきた」と言いながらも、
96歳にしてはすごい食欲でした。
帰宅してからも、
「うめがったなぁ。本当にうめがった~」
「連れて行ってもらっていがったなぁ~」
と何度も何度も言っていました。
亡くなる数日前、顔を拭いたりクリームを塗っていると
喋れないし水も飲めなくなった状態の祖父が片脚を上げました。
「あ!!おじいちゃん、足の裏トントンして欲しいのね」
祖父は、
足の裏をトントン叩く施術がお気に入りだったのです。
この11年間で、すっかり私の施術が祖父に刻み込まれていたんだなぁと感じました。
写真は、甥っ子が私の施術の真似をして
足の裏をおもちゃのドリルで施術しているところ(≧▽≦)
ここからは、
私と姉が写した92歳差の名コンビの名シーンをご覧ください(^^♪
祖父が好きだった相撲を一緒に観戦。
庭木の剪定をお手伝い(*^^*)
六右衛門は実家の屋号です。
この屋号で接骨院を開業した際、
祖父はとても喜んでくれました。
開業して11年の月日が流れ、
その間ずっと祖父のカラダを施術してきました。
今年の春頃から体調を崩しましたが、
それまではよく働きよく食べていた祖父。
私が掲げる「生涯現役」のモデルは、
祖父なんだなぁと改めて思いました。
生涯現役のカラダ作りは、私の一生のテーマとして取り組んでいきます。
令和2年最後のブログは、祖父浅治のことで締めくくりたいと思います。
身内の話に長々と付き合っていただき、ありがとうございましたm(_ _)m
令和3年もどうぞよろしくお願いします(^^)/